■未来予知(予知夢など)。
先々週は「ジュセリーノさん」というブラジルの予知者(予知夢)による【地震予知】が大きな話題となっていたようですね。
その内容自体はあまり詳しいことは知らないもので内容に関することは、省略させていただきますが、「未来を予知すること」について私的な認識をお話してみたいと思います。
≪時間≫という概念に関連して
世の中には「過去を知る(人の前世など)」といった事と「未来を知る(予知夢など)」といった事(能力・感覚・出来事)が知られています。
まず大前提となりますが、私はあくまで個人的な思いとしては・・「未来を知ること」「過去を知ること」のどちらの現象も存在しているのだろうと思っています。
ただし
このどちらに関しても人の能力として「能動的」に未来や過去を知ることができるのかどうか・・はわかりません。(;一_一)
ここで使っている「能動的」という意味は、自分である出来事「未来・過去」を知ろうと思って・・その出来事を知ることが、できる・・という意味で使っています。
どちらかといえば「受動的」に未来や過去の出来事を知る・・ということは存在していると考えています。
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今回はお話してみたいのは、受動的に「未来や過去」を知ることはできるという前提での話なのですが
「未来を知ること」と「過去を知ること」
の違いについて話をしてみたいと思います(o^∇^o)ノ
少々おとぎ話的な内容・表現となりますが私の空想の世界の事と思っていただき気楽に聞いていただければと思います。(*後述は断定的な表現で書かせていただきますが、あくまでも【かもしれない的】な感覚で受けとめてくださいねペコリ(o_ _)o)))
◆パラレルワールド
という言葉はご存知でしょうか。
日本語で言うと「並列世界」とでもいうのでしょうかね。我々が住んでいる「この世」と並列的に存在している同じような「世界」「空間」が存在しているという考えです。
それぞれの世界は、まったく同じ内容ということは無く少しであれ【違い】を持った内容となっていると考えられます。
私は「時空間(次元)」に関する私的な世界観を持っているのですが、その中の一要素として「パラレルワールド」は存在していると思っています。(*^^)
このパラレルワールドを創り出す要因は何かというと・・・・それが・・
【時間】
という存在です。
「現在」と「未来」を例にして簡単に説明してみたいと思います。
人に限らず「自然界の全ての存在」は常に【選択】という要素にさらされています。
目の前においしそうなイチゴのショートケーキがあったとしましょう。(。・ρ・)ジュル
そのショートケーキを
見つけたときに
「食べてしまう」
のか
「食べないで後にする」
のか、という選択が存在しています。
(・・・・・って・・例えが・・幼稚でしたかね_| ̄|●il|li)
ちなみに実際には「食べた」としましょう。
ショートケーキを見つけたときを「現在」と過程すると「食べた」後には食べ終わってケーキが無くなっているという「未来」がやってきます。
実再には「食べた」わけですから、「ケーキが無くなった」という未来に遭遇しているわけですね。
でも同時に「食べなかった」という場合の「未来」も存在してるのです。この場合はまだ「ケーキが残っている」という状況があるわけです。
そう・・「ケーキを食べた」という人にとって歩んできた「時間」は結果として「ケーキがなくなっている」という世界に到達しているわけですが、その時に同時に「ケーキを食べなかった世界」というものが存在してるということなのです。
これが「パラレルワールド」の正体。(^^ゞ
【選択】の数だけ、パラレルワールドが存在するというわけです。そう・・無数に存在している感じですよね。
さて、前置きが長くなってしまいましたが(^^ゞここからが本題となります。
「未来を知ること」と「過去を知ること」の大きな違いとは何か。
結論からいうと
◆「過去を知る」ということは実際に歩んできた事実しか知ることができない。
のに対して
◆「未来を知る」ということは、「複数の事実と世界」を知ることができる。
ということです。
具体的に表現すると下記のようになるわけです。
Aさん・Bさんの二人の1000年前「過去世」をそれぞれ知ることができたとしましょう。
Aさんは、その時代、男性であり、○○という地域に住んでいたということがわかったとします。
Bさんは、同じ時代、女性であり、◆◆という地域に住んでいたとしましょう。
この時、たまたまAさんの過去世の記憶の中にBさんの存在も知ることができたとした場合、Aさんの記憶から見てもBさんは「女性で◆◆という地域に住んでいる存在」と認識されるわけです。
現在同じ「世界」に住んでいるものは全て、同じ過去の世界を生きてきた存在であるということです。
ですから
「ある人が「過去を知ること」ができた場合、そこで知りえた「情報」「存在」は、他の人にとっても共通の事実である」
ということが重要な要素となるのです。
これに対して、「未来を知る」ということはどうなのかというと
Cさんが100年後の世界のある状況を知ったとしましょう。
同時にDさんも100年後の世界の状況を知ることができたとします。
その場合・・同じ100年後の世界であってもその内容は大きく異なる場合があるのです。もちろん「同じ状況」を知ることもあるでしょうが、どちらかといえば違う内容であるほうが確率が高いわけです。
これは「時間の経過」とともに【選択】の回数が増加・・・それに伴ってパラレルワールドが多数創造されていくことによるものだと考えられるわけです。
ゆえに
「未来を知る」「未来予知」
というものは、その出来事(未来を知ったという事実)は存在していても、その知りえた世界(パラレルワールド)にたどり着くことができるかどうかは、わからないというわけです。
ここから判ることがあるのですが・・
1つは単純に
「知りえた未来」「予知した未来」
が時間的に短いものであるほど、その世界にたどり着く可能性が高いということ。
簡単に言うと、「明日の出来事」の予知はかなりの確率で現実となる可能性が高いものの「1ヵ月後」「1年後」「10年後」と先の未来の予知になるほど、現実とならない可能性が高くなる
ということです。これは「時間の経過」とともに【選択】の存在が増加するためです。
もう1つ・・これが、地震予知などに関連した大切な話かもしれませんが
「未来の予知」の内容をなるべく多くの人が認識・知ることができた場合、その「予知」は現実とならない可能性が高くなる
ということです。(*^^)
これは「多くの人が予知内容を知る」ことが様々な【選択】を増加させることに繋がるからです。
地震予知でいうと、その「予知情報」を多くの人が知らないままでいると、「選択」の機会が少なくなるため実際に「地震発生」となる可能性が高くなるのに比べて
「地震予知の情報」を多くの人々が知ることができたとすると、中には実際にその地を離れたり・・そこまでしないまでも、「防災対応」をしてみたり・・「防災意識」が高くなったり・・という形で様々な【選択】がされていくというわけです。
この現象は「予知した未来」の内容が都合の良いものであっても、悪いものであっても同じ作用となります。
これは十分に認識しておいていだきたい大切な要素です。(o^∇^o)ノ
例えば、「都合の良いこと」の例として
「ギャンブル」や「宝くじ」などの予知を知ったとしましょう。(*そういうことも実際には存在しているでしょうね)
でもどうですか・・実際に「予知」で「ギャンブル」や「宝くじ」などの当りの情報を他人に公表した形で実再にそのような結果になった・・なんていうことはほとんど聞かないですよね(^^ゞ
それはそうです。
「予知」自体は実際にあったとしても、他人に情報を伝達したとたんに、特に人の本能に関連する要素に関しては「思いの力」が強くなるので【選択】の力も強くなるということもあって、予知どおりの未来にたどり着かないということが多くなるわけです。
ですから「宝くじなど」の予知を知った人で、実際にそのような現実に遭遇した人は、他人にまったく公言してない人のはずですよ。(^^ゞ
で・・こちらが大切なのですが「都合が悪いこと」の例としては
「大地震の予知」なとがありそうです。
これは「なるべく多くの人々」がその予知情報を知ることが出来ると「大地震が起こらない」という未来に到達できる可能性が高くなるのです。
このことを別の表現で
「人の思い・願いで未来を変えられる」
といいますよね。まさにこの表現は上記の仕組みを現わしている内容なんです。
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予知かどうかはわからないにしても・・
「嫌な未来を感じた」
「嫌な夢を見た」
というようなときは、なるべく多くの人にその内容を気楽に話しして、最後には「そんなことにはならないよね」「そうならないようにしよう」と笑い飛ばしてしまうといいかもしれませんね。(o^∇^o)ノ
ここで注意が必要ですが・・
中途半端に一人・二人程度に話をして、その相手も深刻に「話を信じてしまうような形」になっては逆効果となるのを忘れないようにしていてくださいね。
「信じた上に、それの対応を心がける」
という気持ちと行動を伴えばOKなのですが・・
「気にする」
「信じる」
という気持ちだけが先行してしまうと逆に「予知」した未来にまっすぐ歩んでいってしまう・・ということになりますので、この違いをしつかりと認識しておいていただければと思います。ペコリ(o_ _)o))
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